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「せんせえぇええぇ。どうしよう、終わらないよおおぉぉおぉ」
「静かにしろ! 芙美!」
スパートに入っているはずである。
雲一つない紺碧の空に、そこだけ真ん丸に切り取られたような満月が浮かんでいる。疎らな街灯は月明りを殺すことなく、下界は淡い光に優しく包まれている。
鬱蒼と茂る森の中を走る砂利道の先にある、小さな木造の建物にもその光はそっと注ぎ、障子を透かして中を仄かに明るくしていた。芙美は肌寒い外気に冷やされた床に寝そべって、その顔をパソコンの画面から漏れる青い光に晒していた。静かな室内に響くのは、彼女が時折叩くキーボードの音と草木の影で演奏に興じる虫の音だけである。
「はあ、こんなところにいやがった。おい、フミ。フミよ!」
パソコンの画面に夢中になっている芙美の背中に、低く威厳のある声が投げられた。しかし、彼女はうろんそうに振り返り、声の主を確認すると欠伸を一つして再び画面に向き直った。
「なあんだ。地蔵おじか……」
「なあんだ、とは何だ。早く寝ないか。全く、こんなもんを持ち込んで」
地蔵は芙美のパソコンを見て、その画面に触れた。すると、芙美がもの凄い勢いでその手を払い除けた。
「触るでない! 指紋が付くでしょう!」
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