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「あ、いいよ、やるよ? 今日は、ほんとお世話になったし……」
立ち上がろうとすると、掌で制された。
「いいです。自分でやります。そのかわり話、聞いててもらっていいですか?」
「なに?」
「……僕、スプリンターなんです」
「うん」
知っている。
加山君は陸上部で短距離をやっている。しかも、かなり早い。今年の一年生の中ではかなり期待されている選手なんだと思う。無関係な私でさえこんなふうに知り合う前から名前を知っていたくらいだ。
「覚えてて、くださいね」
「知ってるって」
「まだ遠いって思っても、ぐっと一気に距離詰めるのが得意なんです」
「へえ~」
足の遅い私にはわからない感覚なんだろうな、と思う。
「島田先輩にも、知っててほしいけど」
「あいつ、足遅いから言ってもわかんないんじゃないかなー」
「あと一個、これも覚えててほしいんですけど」
「なに?」
「僕はパン好きです。とっても」
その言葉に息をのんだ。
「ありがと」
なんでもないふりをしてお礼を言った、声が震えた。
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