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昭和38年、九州・F県。
山郷里史は、10歳の小学五年生。
山郷家は、祖父の国夫はかなりの地主だったが戦前に連帯保証人になった他人の借金のために没落し、さらに戦時中の昭和18年に亡くなっていた。さらに戦後の農地改革でほとんどの土地を失って、今では父親の一臣(53)が辛うじて町会議員をつとめて面目を保っている。一臣の息子は、前妻の間に生まれた異母兄の博人(31)が、事業を起こそうとして失敗して実家に戻ってくすぶっている。
里史の母は、一臣の後妻の元子(32)。その父親の瀬島直介は元官僚だったが、中国に家族ぐるみで赴任して日本の敗戦のため命からがら帰ってきて以来、やはり所を得ないでくすぶっていたのを、娘を元地主にやることでなんとか面目を保とうとしている。
望んだ結婚ではなかったが、元子は親子ほども年上の夫や姑のふさによく仕え、生まれた一人息子の里史を非常に可愛がっていたが、愚痴をこぼさない代わりにあまり心の中のことを口に出さない習慣が身についていて、息子の里史にもちょっととっつきにくく感じる時があった。
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