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「寂しいのは最初だけさ。アルバイトを始めれば、きっと素敵な友達ができる。そんな友達と働くのは楽しいよ。自分の給料でお母さんを外食に連れて行ってあげるのもいいと思う。これからは明るい生活が明君を待ってるんだ」
「僕は優雨さんと離れたくない……優雨さんは寂しくないの……?」
言葉が返ってくるまで、少し時間がかかった。その不自然な間は、優雨の心の迷いを物語っているように明は思えた。
「……俺のことはどうだっていいんだ。俺の事情に、明君を巻き込んじゃいけなかった」
無理矢理押し出すようにそう言うと、とぼけたように明るい笑顔を張り付ける。
「明君はまだ子供なんだ。選択肢は沢山ある。……だから、わざわざ俺に縛られる必要なんてないんだ」
「僕は縛られてるなんて思ってない。優雨さんのことが好き。好きなのに一緒にいちゃいけないの?」
そう言って涙ぐむ明に優雨は何も答えない。「いい」とも「だめ」とも言わず、曖昧に微笑む。優雨自身、何が最善なのかわからないのかもしれない。
それっきり話しづらくなり、明は黙ったまま優雨の隣を歩く。
優雨は明を遠ざけようとしている。それなのに、繋がれた手は温かかくて、なんだか矛盾しているような気がした。
「……あっ……」
明は一軒の家の側で足を止める。庭に面した窓の側で、白い朝顔が風に揺れているのを見つけた。
「夜でも朝顔って咲くんですね」
「あぁ、あれはね夕顔だよ。夜に咲くんだ」
よくよく目を凝らして見ると、朝顔と違って、花びらはレースのようだった。その白くて繊細な花は、夜に咲くことと相まって、優雨のような花だと明は思った。
「名前の響きもそうですけど、なんだか優雨さんみたいですね」
「うん。俺の名前はね、母がつけてくれたんだ。病院のベッドから夕顔が咲いているのを見てて思いついたんだって。父の方は『剛』とか『猛』とか、強そうな名前を付けたがってたみたいだけど」
優雨は苦笑いを浮かべ、夕顔を見つめている。
「……ねぇ、明君。夕顔の花言葉って知ってる?」
「えっ?」
不意に問われ、明は首を捻る。
「うーん、『夜』とかですか? て、安直すぎますよね」
「正解。でも、後二つあるんだ」
「後二つ……花言葉ってそんなに何個もあるもんなんですね」
「花言葉は一つとは限らないんだ」
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