優しい雨に空き巣は佇む

4/120
前へ
/128ページ
次へ
 明は五分だけと決め、早足で真ん中の部屋に入る。物の配置を変えないように注意をしながら、部屋の中を物色し始める。  まずは手近のあった棚の引き出しを開けてみる。中には金目の物はなく、文字盤にひびの入った女物の時計と、病院から処方された薬の袋が入っていた。袋には「東雲優雨」と書いてある。 「……ひがし……くも?」  名字は読めなかったが、下の名前は「ゆう」と読むのだろう。  様々な種類の香辛料も用意しているくらいだから、女の一人暮らしなのかもしれない。  明は振り返ると、タンスを見つめた。いくら空き巣に入ったからといっても、女のタンスを開ける勇気まではなかった。  一番上の引き出しに見切りをつけ、二段目の引き出しを開ける。通帳を見つけたが、こ れを持って帰ればすぐにバレてしまうし、そもそも簡単に金を下ろすこともできない。  明は、二段目の引き出しも元に戻し、三段目の引き出しに手をかけた。中には少し厚みのある茶封筒が入っていた。  茶封筒を手に取り、中を確認する。中には一万円札が十枚ほど入っていた。  明はそのままポケットに封筒を突っ込もうとして、動きを止める。金を丸々全部盗むことに、急に罪悪感を覚えたからだ。 「……」  明は僅かな葛藤の後、封筒の中から二万円だけ抜き取ると、引き出しの中に戻した。  開けっ放しの引き出しがないのを確認すると、明は足早にアパートを出る。そのまま駆け足で部屋の前の廊下を抜けると、自転車に跨がった。が、金を盗んでしまったことを急に後悔し始め、ペダルを漕ぎ出せずにいた。  いくら金に困っていても、いくら体を売ることが嫌でも、これはやってはいけない気がした。  ……やっぱり、こんなことはよくない。  明が自転車から下り、部屋に引き返そうとしたその時―― 「こんばんは」  後ろからかかってきた男の声に、明の心臓は跳ね上がった。同時に、自転車がガシャンと音を立てて倒れる。そのせいで籠に入れていたチラシが地面に散らばった。 「ご、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ」  声の主は慌ててしゃがみ込むと、散らばってしまったチラシを拾い集める。 「いえ! こちらこそすみません」  明も慌ててチラシを集める。男の声への驚きと空き巣に入った罪悪感が明の呼吸を乱している。  拾い終わると男は明に集めたチラシを手渡す。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!

115人が本棚に入れています
本棚に追加