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夏の夕暮れには思い出がある。しかしそれがどんな思い出だったのか、俺にはどうにも、思い出せないのだ。
大切な事だった筈なのに、どこでその記憶を失くしてしまったのか。手繰ろうとする記憶の糸はふっつりと途切れ、――二つの鍵を残してその先が見えない。
一つは今も持ち歩く鞄にお守りとしてつけている鈴。銀色のありふれたその鈴を、失くしてはならないとそれだけはっきりと意識はしているのだけれど、それを誰に言いつけられたものだったのかすら思い出せない。
もう一つは夏の夕暮れ。背の高い男と遊んだ記憶。遊んだと言っても、手を繋いで男が歌う鼻歌を聞きながら散歩をしたというぼんやりとした記憶だ。その男は誰だったのだろうか。顔を思い出そうとしてもその顔の部分にはモザイクがかかる。
奇妙な事がある。
記憶の中で幼い俺の手を引く男の額には、――…
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