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「どうした……なぜ、泣く」
「解りんせん……でも、清光さんにもう会えないと思ったら、わっちは」
私がひとしきり泣き終わるまで清光は隣で黙って座っていた。
そして立ち上がると懐から古い御守りを出して私に寄こした。
「名のある方からいただいた御守だ。俺がここまで生きておったのもこのお陰かもしれん……この門の中から出るのは難儀と聞く……だが、心の底からお前の幸を願っておる」
「清光様」
「出来る事なら……ここからさらってしまいたい。だが……そのような事をすれば里にも俺の雇い主にも迷惑がかかるであろう……そのような不義理はできぬのだ」
少しだけ声を震わせて清光は俯いた。
「……花魁道中をできるような花魁もこの先出ないと言われたこの町で、わっちはそれができるのではないかと旦那さん方の夢を抱えて生きてござりんす」
「……」
「でも、今、初めて……女として生きてみたいと……思うてござりんす。簡単な事ではござりんせん……どうか、わっちを待っていてくれんし……きっと、主様の元へ……必ず」
私は清光の胸に寄り添った。清光の大きな手のひらが私の背を包み込んだ。
「承知した……お前をまっておる」
「次の花火が江戸の空に咲くまでに……わっちが主様のお里に向かえなければ、どうぞわすれてくなんし……それまでは……どうか」
深い接吻を交わし、私は初めて自分で買った簪を清光に渡した。
「ゆびきりげんまん……嘘ついたら」
「嘘ついたら」
「わっちは死んだものと」
「……約束は守る為にあるのだぞ、すず」
「ええ……わっちは、この廓で生まれて初めて……本当のゆびきりをしてござりんす」
「そうか……俺もゆびきりは初めてだ」
絡み合った小指をそっと離し、もう一度接吻をして清光を見送った。
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