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「初恋ってやつじゃないの、どうりで白いおまんまの食いが悪いと思ったよ」
「およしよ、初恋なんか叶わないもんなのさ」
「そうそ、初恋は夢で終わった方が良いのよ」
他の女にそう言われて、私は確かに子供の頃から聞いていた通りで恋なんてロクなもんじゃないと思っていた。
寝ても覚めても、清光の事ばかり……どの旦那に抱かれていても、私を抱かなかった清光の事しか考えられないでいた。
そんな私の心の中と裏腹に、名声は更に広まり花魁道中を出来る位にまで成り上がっていた。
想いばかりが募る中、どうにも諦めかけたある日だった。
廓が燃えていた。
赤く染まる空を見あげて、手持ちの金と御守を抱えて寝起きの薄い着物のまま飛び出した。
どのくらい走ったか、どのくらい来たかも分からなくなった頃、草履の底も薄くなりかけて歩くのがしんどいことに気が付いた。
火事で騒ぎの町はどこもかしこも不用心で、私は軒先から笠と草履、道場に干してあった着物と袴を盗み髷をおろして江戸を出た。
男装をしていても山を上がるのは恐ろしく、下るのもまた怖かった。
汗で滲んだ文字を見ながら歩いて、歩いて小さな寺子屋に着いたときには私が花魁だったと思う人は誰もいないだろうと言うほど汚れた格好をしていた。
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