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「先生、誰か来たよ」
「道場破りじゃないか?」
「こんなへっぽこ道場、誰も破りに来ないよ」
幼子たちの元気な声がして遠くから愛しい声が聞こえる。
「旅の方か?」
草履をつっかけて出て来た清光は、あの晩見たよりも明るく優し気な表情をしていた。
「……すず。か」
笠を剥ぎ取るようにして覗き込んだ清光は、旅の汚れなど気にする様子もなく私を抱き寄せた。
「花火には……まだ早いぞ」
「江戸に大きな火があがりんした……沢山の命の悲しい火でありんす。わっちは、そんな女達の気持ちも背負って参りんした」
「そうか……そうか」
火事の話を聞いた清光は私の涙を何度も拭ってくれた。
「鈴蘭という花魁も江戸の火となったのだな」
「ええ……ここにいるのは、すず。ですから」
初めての恋は、身を焼くような炎から穏やかな火へ変わる。
揺れる木立の中で、恋が形を変えるのをそっとそっと感じたのだった。
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