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「今日は特別なお客が来るんだってねぇ」
「へえ、そうかい」
「鈴蘭はホントに興味のない返事をするねぇ。もうちいと、どんなお客だい? とかないのかね」
縫子のねえさんは溜息をついて襦袢のほつれを縫って行く、その手元を見ながら煙管に火を入れた。
「ほどほどにしなよ? 労咳になっちまうよ」
「それもいいかもねぇ、労咳にでもなればわっちも大門の外に出れるかねぇ」
「バカも休み休み言うんだね、まったく」
呆れたねえさんに私は聞いた。
「どんな旦那なんだい? 見合いからの手間をすっ飛ばして馴染みと同じに扱うなんてどこの金持ちでありんすの?」
「それがさ、お忍びだって言うからかなり位の高い殿方だと思うよ、鈴蘭の美しさは天下まで届いてるからねぇ」
「そうかい、じゃあお殿様が参られるかもしれないねぇ、大奥の女子じゃ満足できないのかいって聞いてやらないと」
「およしよ。お忍びの素性は聞くもんじゃない」
「あはは。御意にってやつでありんす」
おどけて見せた私に縫子のねえさんは襦袢を投げてよこした。
※労咳;現代で言う結核の事、この当時は抗生物質がなく不治の病とされた
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