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「で、そのあとどうなるんだ」
「さあね、僕にもわかんない」
「……」
「いつか、分かるのかな」
優はまだ夢の中をさまようような目つきのまま、山崎に薄く微笑んだ。
彼の話にはまるで現実味がなかった。小説の話だけでなく、今夜語った彼の話の全てが、何となくふわふわとした絵空事のように思えた。
あの愉快な家族の話でさえ、もしかしたら彼のウソなのかもしれない。
笑っていてもどこか世を儚むような彼の表情が、何故か山崎を強く捕えて放さなかった。
したたかに飲んで、店を出ると、初秋の風が火照った頬を心地よく撫で、山崎は思わず深く息を吸った。
優は折り畳み式の机と椅子を両脇に抱えながら、ご馳走様でした! と小学生のようなきちんとした声で言って山崎に頭を下げた。
酔って足もとがフラついている。
「大丈夫か」
「はーい、大丈夫でありまぁす!」
椅子を脇に挟んだまま、ぎこちなく敬礼してみせる優に、山崎は苦笑する。
「気をつけて帰れよ」
優がニコリと笑って頷くのを見届けると、山崎は背を向けて歩き出した。
が、しばらく行ってからなんとなく気になって振り返ると、優はまだ同じ場所に立っていた。
賑やかなネオンの通りに、一人だけシンとした陰りを纏って、山崎の方を熱心に見つめている。その顔に酔いの名残はなかった。
山崎がハッと目を瞠ると、彼もうろたえたように目をさまよわせ、それからぎこちなく笑って、胸の辺りで手を振った。
その瞬間、小さな痛みが山崎の胸を衝き、そんな自分に少しうろたえる。
唐突に何かが共鳴したと感じた。言葉にしたら足元から崩れ落ちてしまうような、脆く不安定な何かを、自分達は抱えているのかもしれないと思った。
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