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そんな男であるが、今は充実した日々を送っている。以前よりファンであった彼のマネージャーとして。マネージャーとして彼の支えとなり一緒に仕事ができる日がくるとは、今までの血の滲むような努力の結果といえよう。冴木貴昭という俳優がまだ売れない舞台俳優だったころから追い続けてきた。劇場に行くためのチケット代を必死でバイトをして稼ぎ、何度も彼の出演する舞台を観に行った。幸い、賀井は舞台の聖地ともいわれる、劇場が乱雑する町で育った。交通費はかからなかったので、チケット代をひたすら稼いで何度も何度も公演を観に行った。
きっかけは父親に連れられ、初めて訪れた劇場の舞台。特別演劇などに興味がある訳ではなかった。むしろ野球などのスポーツの方が気に入っていた方だ。気乗りしない息子に演劇好きの父親は一度くらい観た方が良い、人生が変わる、と言葉をかけられたのを賀井は覚えている。人生が変わる、だなんて大げさだと当時は思った。
暗く、狭い部屋の先には赤いカーテンのようなものがあった。明かりがついたときに目を細めた。そこが再び暗闇に包まれるまで、少年は目を大きく開けたまま食い入るように観ることとなる。あまり環境の良い劇場とは言えない場所で、彼は輝いていた。一際、彼だけが眩しくきらきらと輝いており、目が離せなかった。まるで、本当にその役の人物が生きているかのようで。後から父親に聞いた話で、あの時の、息子の無表情が崩れるのを見てひどく嬉しくなったとのことだ。
それから彼の名を調べ、ひたすらに後姿を追った。自分は役者になろうだなんて思わなかった。ただ、彼の行き着く先を一緒に見れたら、それはどんなにすばらしい景色なのだろうと思ったから。ただ、純粋な憧れ、であった。その時は。
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