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「わしゃあ、去年忘れたのが、どうやらいかんかったんやなア」
老人が、もちゃりもちゃりと唇を動かしながら、帽子を脱ぐ。
アッ……、と私は声をあげた。
その顔は祖父のものだった。
私はその後、気絶したらしい。気づいた時には、制服のまま、家のリビングのソファに横になっていた。母によれば、いよいよこれから式だというときに斎場で倒れていたのを発見されたらしく、親族や斎場の方に迷惑をかけたと怒られた。
あとで母に聞いたが、兄の中学生の時の担任は、中年の女性らしい。他にも、現在杖を突くような年齢になっている男性は兄の恩師にないという。
やはりあれは、祖父だったのだろうか。
自分の部屋に戻り本を確認すると、本が一冊増えていた。その著者は、下の兄と同じ名だった。それには、祖父の名前が刻印された古びた栞が挟まっていた。帽子の絵が入った栞で、あのときの老人――祖父が被っていた帽子とよく似ていた。
この叢書の内容は、私の口からはいわない。言ったところで、これを信ずる者もいまいと思うのだ。けれどきっと、いつかはこの本がまた増えるのであろう。それを私が読むことは永遠にないだろう。その著者が、私以外の者でない限り。
私はその十一冊の本を丁重に扱い、毎年カレンダーを買うたびに旧暦の九月十五日へ赤い丸をつけ、その晩には月干しを欠かさぬようになった。
だからなのか、本は怒ることもなければ、本に追われるような目に遭ったこともない。
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