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「じゃあ、僕行くから」
朝早くに雪がソファに眠る大吾へと声をかける。
それに大吾が頷くと、雪は笑って出勤する。
二人が一緒に住み始めてから、もう一ヶ月が経っていた。
始めは遠慮していた大吾も、今ではすっかりこの生活に落ち着いている。
否、些か落ち着きすぎているのかもしれない。
ともかく、大きな喧嘩をすることもなく、二人の同居生活は概ね順調なようであった。
しかし、それに不満を覚えるものがここに一人。
ソファから起き上がった大吾は、そのまま項垂れた格好で、独りごちた。
「あの笑顔は、反則だろう……」
それから、立ち上がったそれを治めるために、彼自身も立ち上がってトイレへと向かうのであった。
二人の出会いは、大吾が五歳ときにまで遡る。
隣の家に澄野家が引っ越してきたのだ。
当時、十一歳だった雪は五歳の大吾から見て、とても大きな存在だった。
優しくて、美人で、よく遊んでくれて、自慢のお兄さんだったのだ。
しかし、大吾は自慢のお兄さんを仲の良い友だちにも紹介することはなかった。
自分だけのお兄さんでいて欲しかったのだ。
それが、幼いながらも歪な感情であったことに、大吾は気づいていなかった。
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