わすれもの

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 私が高校二年生の時の話です。  クラスに水原君という学校を休みがちな男子がいました。  それはある秋の放課後のこと。  忘れ物をした私が自分の教室の前まで来ると、スッと人影が薄暗い教室に入っていくのが見えました。電気を点けながら中を覗くと、教室の一番後ろに水原君がいました。  明かりも点けずに変だな、とは思いつつも人影の正体が彼であることに気づいた私はホッと安堵の息を漏らして教室に入っていきました。 「水原君も忘れ物?」 「…………」  声を掛けましたが返事はありません。  彼はじっと後ろの黒板を見つめていました。 「ねぇ、何を忘れたの?」  私は必要以上に大声になっている自分に気づきながらも、続けて彼に話しかけました。  一瞬の間があって、彼が振り返りました。  なぜか彼は黙ったまま、こちらにゆっくりと近づいてきます。 「どうしたの? あったの、忘れもの……」  背中にひんやりと硬く冷たいものが触れて、ビクッと身が強張ります。いつの間にか私は後退りして黒板を背にして立っていました。 「……なにを……忘れたの……」  こちらに近づいてくるのはたしかに水原君なのに、彼じゃないような気がしました。青白い顔には生気が感じられず、すっと細められた瞳は光彩が消え去り、薄い唇の端はわずかに吊り上がって見えます。    やがて彼はひんやりとした笑顔で、ゆっくりと口を開きました。 「……これ」 「えっ、あ……マジック?」  彼の手には黒いサインペンが握られていました。  するすると緊張が解けていきます。  彼が口をきいてくれた、たったそれだけのことなのに何故か安心していたのです。  先に教室を出た私はふと、彼に話しかけました。 「でもそれ、何に使うの?」  言いながら振り返ったそこには……誰もいませんでした。  がらんとした無人の教室。  ごくりと唾を飲み込む音が、やけにはっきり聞こえました。  私は思い出したのです。彼が今日学校に来ていなかったことを……。    翌日、彼が亡くなったという知らせがありました。
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