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「おい、武田」
――びくんっ!
あれ? 土岐と目が合った。こっそりひっそり隠れて見張ってるのに、なんでバレた?
「そこで、じーっと突っ立ってるなら会計の手伝いをしてくれ」
「へっ?」
「早く! こっち来い!」
「はっ、はいぃっ!」
……あれ?
マジか。なんだこれ、めちゃ忙しいぞ!
なんで俺がここに居るのかの質問はせず、ただ俺をこき使ってくれてる土岐を横目で見ながら、焼き鳥の屋台のアレコレを必死で手伝う。
俺への質問はなかったが、この現状の説明ならあったから、俺の機嫌は最悪から最高に転じた。
土岐のバイト先は、バーレストランなんだけど、そこの店長からの頼みで、手を怪我した屋台主の代わりに露店のバイトに入ったらしい。
そうならそうと最初に俺も誘ってくれれば、浴衣じゃなく、土岐と揃いの黒Tシャツで焼き鳥焼き焼きしたのに。
「花火はあんま見えねぇけど、これも夏祭りデートだと思えば楽しいなー。でも、来年は普通に見物客として来たいけど。ふたりっきりで」
俺のかすかな呟きは、ちょうど打ち上がった花火と雑踏にかき消され、土岐には届かない。
「あぁ、俺もそうしたい」
あ、聞こえてたんだ。小声だったのに聞き取ってくれて嬉しいな。
「それに、来年は人混みは避けよう。慎吾のこんな色っぽい浴衣姿は、俺だけが独占したいからな」
「え……」
薄く微笑んで距離を詰めてくるのは、艶めいたテノールの持ち主。
俺の大好きな濃茶色の髪が、吹き抜ける風に、さらりと揺れ――。
――ドーン、ドドーンッ
その背後に色とりどりの花をいくつも咲かせた土岐が、俺の耳元に、とろりと甘い吐息を乗せた。
「だからバイト終わったら、それ、脱がせるから。すぐに」
「……っ!」
-END-
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