第5章 彼の理由

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「……俺はスーダの町で生まれ育った。別に騎士でも何でもない。小さなサーカスの下っ端奇術師だ」  スーダの町。はるか東にあるという、山間ののどかな農村だと書物で読んだことがある。 「親父もお袋も、俺が小さな頃に流行り病で死んじまった。だが俺には家族がいる。十離れた可愛い妹だ。名前はサラ。優しくて健気で、本当に、俺の生き甲斐なんだ」  シドはそこまで言うと一旦口を閉ざして、机の上に置いた拳を握り締める。何かにじっと耐えるような、そんな表情をしていた。 「昔から病弱な子だったが、最近とくに体調が悪くてな。医者に診せたが、珍しい病でどうにもお手上げらしい。隣町の有名な先生でもだめだった。だから俺は必死で調べたんだ。もう藁にでも何でも縋る思いさ。怪しい宗教に騙されかけたこともあった。だが、俺はようやく見つけたんだ。リドル、あんたのことを」  彼の方を見なくても、その目がこちらに向けられていることがわかった。それくらい強い、意思をもった視線だ。 「この街にはコトラっていう、言葉にしたことを何でも本当にしちまう力をもった奴がいるらしいと知って、俺はすぐに旅の支度をした。どんなことをしてでも、あいつを助けてもらおうと思った。その為に俺がどうなってもいいっていう気持ちは、今も変わらない」  そう言うと、シドは机に額をぶつけながら、僕に向かって頭を下げた。 「……あんたの力を誰かの為に行使するってのが、どういうことか必死で考えた。拒絶するのは当然だ。何て勝手な人間だと思うだろう。だけど俺はどうしてもあいつを、サラを助けたいんだ」  僕は何も答えない。シドの顔を見ることもない。それでも彼は頭を下げ続ける。 「頼む。一言でいい。あいつが助かるように願っちゃくれないか。引き換えに何をしたっていい。頼む。頼む……!」
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