第1章 かくも優雅な午後

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 昔々の話をしよう。この世界に唯一無二の魔力、コトラを持つ一族は、ひっそりと森の奥で暮らしていた。    コトラの力は言葉のままに全ての事象を操ることができる。  命じるだけでこの世の全てが何もかも、思い通りになるのだ。  けれど、だからこそ多くは望まずに、ひっそりとつつましく穏やかに暮らしていた。  ある日、森を訪れた探索者により、コトラの存在は明るみになった。  人々はこぞってコトラの力を欲しがり、やがて大きな争いが起こる。  血みどろの惨状にコトラの民は嘆き悲しみ、高くそびえる屋敷を作ってそこに閉じこもった。  二度とこんな悲劇が起こらないように、力の継承者はこの屋敷から一歩も外に出るべからずという掟を作って。  だから僕はこの部屋で、こうして日がなマシュマロを頬張る優雅な生活を楽しんでいるのだ。  幸いこの町(そういえば名前もよく知らない)にはいつの間にか『コトラ信仰』なるものが根付いていて、献金やらお供え物やらで食うに困らない。大して役には立たないがメイドもいるし、悠々自適の毎日だ。  そうそう。あの小生意気なメイドはアーニャという。コトラの民に代々仕えてきた一族の娘で、僕とは所謂幼馴染みだ。  アーニャの一族はコトラの民と生活を共にすることによって、ある能力を手に入れた。自分自身に向けられるコトラの力を無効化する、『破魔の力』。万能で比類なき俺の力も、アーニャの前では効力を無くしてしまうのだ。  まぁコトラの力が無くてもあんな小娘に言うことをきかせるぐらい訳も無いので全く問題は無いのだが。  好きな時に寝て好きな時に起き、腹が減ったら飯を食って気が向いたら風呂に入る。  こんな毎日を素敵以外の何という言葉で表そう。  この狭い部屋の中で僕は自由だった。遥か地上で蠢く有象無象の人間とは違って。  だから僕はあいつらを見下ろしている。この部屋の窓から、暇さえあればいくらでも。
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