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第5章 彼の理由
アールグレイの香りが仄かに鼻腔を刺激する。食後のティータイムは僕にとって欠かせない時間のうちの一つだ。いつもはこの広間で誰にも邪魔されることなく茶葉の味を楽しむことができるのだが、今日は残念ながら余計なオマケが二人もいる。
「それでね、その時のリドルったら本当にひどくて」
「なんだって? ったく、こんな可愛い女の子を泣かせるなんて、人の風上にも置けないな!」
どうでもいいが、そういう話は僕のいないところでするか、二度と口にしないと誓いを立てるかしてほしい。僕のカップの中身の減り具合よりも、いかにして日頃の不満を晴らすかに執着しているメイドに、僕は眉間に深い皺を刻む。
大体この不審者とうちのメイドはいつの間に結託し始めたのか。男は相変わらず動きづらそうに白銀の鎧をガシャガシャいわせている。僕は少し考えてから、コホンとひとつ咳払いをした。
「――時に、男」
やいのやいの騒いでいたアーニャとシドが、口をつぐんでこちらを見る。
「今僕はとても退屈している。何か面白い話でもしてみせろ」
「はぁ? そんな無茶な……」
僕は残り少ないカップの中身を口に含みながら、奴の顔を見ずに言った。
「例えばそうだな。お前の愉快な身の上話でも、今なら聞いてやらんことはない」
僕の真意を察したのか、シドが目を剥きながら息を呑む。「本当にいいのか」と少し迷う素振りをみせたので、僕はその間そっぽを向いて黙っていた。この程度で揺らいでしまうような決意の話なら、僕は別に聞きたくなど無いのだ。
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