スミレの騎士

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 スミレは部屋にふみ入ることをためらったが、薔薇ヶ咲に腕を乱暴に引かれ、なかば無理やり、美しい住人たちの前へと生贄のように放り出された。薔薇ヶ咲一人の美しさでも劣等感に苛まれたのに、四人の美神を前にしては、水をかけられた角砂糖のように一瞬にして溶けてしまいたい。スミレが指先を擦り合わせながら引きつった笑みを浮かべていると、蜂蜜色の髪を持つ青年が立ちあがり、貴族のような威光を放ちながらスミレに近づいた。 「さぁ、君はどなたかな?」 「あ、あ、あの……部屋、間違えました……帰ります……ど、どうもすみません……」 「間違っていないよ、薔薇の騎士が姫を連れてきたということは、何か困り事があるということだね?」 「ひ、姫……?」 「そう、ここに連れて来られる女の子たちはみんなお姫様だよ。姫、あなたのお名前は?」 「こ、近藤 スミレでしゅ……!」 「僕の名前は百合峰 勘三郎(ゆりみね かんざぶろう)。花の騎士団の団長さ」 「花の、騎士団……?」 「ねぇねぇ、あなた何者? あの美彦がお姫様を連れて来るなんて初めてのことよ!」 「こら、まずは自己紹介からだ」 「あ、忘れてた。僕の名前は秋桜 恋(あきざくら れん)。コスモスちゃんって呼んでね」  百合峰の背後にいた秋桜は、満面の笑顔で挨拶をした。彼女からほのかに、柑橘系の香りが漂う。スミレにとっての理想の女性像が登場したかのようだ。  秋桜の自己紹介が済むと、百合峰は絨毯の上に座っている褐色の青年を手のひらで示した。 「あっちに座っているのが椿野 流星(つばきの りゅうせい)」 「は~い、適当によろしくね~お姫様~」  間延びしていながらも、椿野の話し方は聞き取りやすい。彼は道化師のように、恭しい態度で頭を下げてきたので、スミレもつられて頭を下げた。
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