スミレの騎士

2/56
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/56ページ
スミレの騎士 見るもよし、見ざるもよし、されどわれは咲くなり                  ―武者小路実篤―  美しくない少女が一人、屋上のフェンスを越えた先で、校庭を見下ろしている。  幽霊のような伸ばしっぱなしの長い黒髪が、風によってばらまかれ、彼女の視界を邪魔する。二重になった顎の肉、前髪で目は隠され、校則通りに延ばされたスカートは、彼女の容姿を野暮ったく見せる。顔に浮き出たニキビは若さの象徴でもあるが、彼女にとっては憎くて仕方ない。しかし、地上にも一人、憎むべき相手がいた。  眼下の校庭では、強豪であるサッカー部がフィールド内を駆けまわっている。その中でもひときわ目立つ男子生徒がいた。屈強な体に、モデルのような高身長。春風が吹いてしまうような爽やかな笑みを浮かべ、敵から奪取したボールを敵陣のゴールに決めた。彼のファンだろう女子生徒数人が、黄色い歓声を上げ、我先にとタオルやスポーツドリンクを手渡そうとしている。甘い視線を注がれるなか、屋上の少女だけはそんな彼を親の仇かのように睨み付けていた。末代まで呪ってやろうかという憎しみが、その目には宿っている。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!