スミレの騎士

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 フェンスの向こうでは、薔薇ヶ咲の差し出した手が待っている。泪を流しているスミレの脳裏で、自らを「ブス」「雑草」と罵るクラスメイトたちの嘲笑が反響する。彼女が顔を上げると、薔薇ヶ咲の青い瞳と視線が絡まり合う。青薔薇の蔦が、スミレの瞳から内部へと侵入し、心臓まで伸び進む。蔦は優しく強固に、スミレの心臓で薔薇を咲かせた。海底のようなマリンブルー。その美しき花の名は、スミレにとって「希望」となる。  スミレは靴を履き直し、遺書を破り捨てると、フェンスの隙間から右手を伸ばし、薔薇ヶ咲の手を取った。 「血反吐でもなんでも、呑み込んでみせます……!」 「いい返事だ。嫌いじゃない」  天使のような少年が、悪魔のように口元を吊り上げ、手を握り返してくる。悪魔に魂を売ったのではと冷や汗を流すスミレは、ふとあることに気づく。少年とスミレの視線がまったく同じ高さにあるのだ。スミレの身長は百六十五センチ。少年はヒールを履いて、スミレと同じ高さになっている。つまり、ヒールを脱いだ薔薇ヶ咲は、自分よりも……。 「身長低い……?」  突如、繋いでいる右手がゴリラと握手でもしているかのような強さで握られる。 「誰がチビだ、こらぁぁ~~~~!」 「ご、ごめんなさい~!」  二人の頭上で、鳩が二羽、優雅に飛空している。
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