スミレの騎士

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 西日射す廊下に、コツコツコツと紅いヒールの足音が響く。屋上から薔薇ヶ咲に連れられ、スミレは西校舎の一階にいた。私立百華高等学校はおよそ百年続く女学校であったが、戦後に共学制となり、今では男女同数の生徒たちが、白字に紺色の線が彩るブレザーの制服で、快適な学園生活を送っている。  校舎はカナカタのコの字型で、中央校舎は三年生、東校舎は一年生、二年生の教室。そして、西校舎な美術室、図工室、音楽室などといった、授業で使用する教室の棟である。すでに放課後となった西校舎に一般生徒の姿はなく、遠くから部活動の雑音が別世界のように聴こえてくる。  自分はこれから、どこに連れて行かれるのか。黙した薔薇ヶ咲は両手をポケットに入れ、コツコツと紅いピンヒールを軽快に鳴らしているだけで、行き先を教えてくれない。もしかして、協力してくれるというのは嘘で、このまま悪い仲間の所に連れていかれて、「アンパン買ってこいや」と、さらなる酷い目に合わされるのでは。  西日に刻まれた薔薇ヶ咲の影が怪しく蠢き、怪物の形を成すのではという、妄想に駆られる。 「やっぱり止めます」 と、スミレが口にしようとした矢先、 「着いたぞ」 と、道先案内人は図書室前で足を止めた。 図書室では放課後の勉学に励む生徒や、読書に耽る生徒がそれぞれの時間を謳歌しているだけで、素行の悪そうな連中は見当たらない。スミレが戸惑っていることを無視し、薔薇ヶ咲はカウンター横にある司書室へと入っていく。五十代ほどの気真面目そうな司書が、薔薇ヶ咲に気づき、鋭い視線をこちらに寄こす。 「お、怒られますよ、薔薇ヶ咲君……」  ひそりと背後から注意をするが、意外にも司書はそのまま事務作業を再開し、こちらの存在など最初から気づいていなかった風を装った。薔薇ヶ咲は司書室のさらにその先にある、「倉庫」と書かれた部屋の鍵を胸元から取り出し、扉の奥へと招いた。古い本の、すえた匂い。薄暗い本棚の間をくぐり、部屋の隅へと辿り着いた。そこは部屋の行き止まり。部屋の扉は閉められている。どれだけ助けを求めても、司書には届かないだろう。
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