スミレの騎士

8/56
前へ
/56ページ
次へ
 スミレがパニックに陥っていると、薔薇ヶ咲は右足でカンカンッと二度、ヒールの音を響かせる。すると、薔薇ヶ咲の足元の一部がスライドし、地下に続く階段が出現した。薔薇ヶ咲が慣れた様子で階段を下りていくので、スミレもその後についていく。十二段ある階段下には長い通路があり、灯りが自動でついた。無装飾の壁。一人が余裕を持って歩ける広さの通路では、カツンッカツンッと、ヒールの音は余計に響いた。  この先に何が待っているのか。スミレはひたすら、恐怖に震える指先を握りしめて堪えた。 「ほら、ここだ」  長い通路の先には、一つの扉があった。目を凝らすと、木製の扉にはいくつもの花の彫り物が施され、今しがた咲いたかのような瑞々しさを表現するほどの見事さである。 金色のドアノブには薔薇の彫刻。薔薇ヶ咲はためらいもなく、そのドアを開けた。  まばゆい光に、スミレは目を閉じる。恐怖心が最骨頂を迎えた時、まるで彼女を安心させるかのように、甘やかな香りが鼻先をくすぐった。 「おや。お客人かな、薔薇の騎士」  扉の向こうには、まるでここが図書室の地下だとは思えないような、華麗なる光景が待っていた。  紅い絨毯が敷かれた広い部屋には、絵物語に登場するような立派な安楽椅子やテーブル、彫像、壺などが、そこにいることが正解という位置で粛々と役割をまっとうしている。地下のはずが、天窓から陽光が射し込んでいる。また、部屋の一面は硝子張りとなっており、その向こうに蝶の舞う庭園が見える。庭では美しい花が咲き乱れているが、部屋の中にも、見事な薔薇がそこかしこに活けられている。紅薔薇、黄薔薇、青薔薇、白薔薇、黒薔薇。どの花も節度を守り、満開のドレスで着飾っている。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加