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それは、僕がフットーボールの練習からの帰りに近所の公園の前を通りかかった時のことだった……。
「おい、あれ見ろよ。あの爺さん、珍しく出歩いてるぜ」
となりを歩く友人のジャックが、公園の方を顎で指し示しながら言った。
「ん? ああ、ほんとだ。確かに珍しいな」
僕もそちらに顔を向けると、彼の示したものを確認して相槌を打つ。
そこには、緑の芝生の上を横切ってこちらへと向ってくる、紙袋を抱えた一人の老人の姿があった。
老人はかくしゃくとした足取りで歩きながらも、常に周囲を警戒するかのような鋭い眼つきで、きょろきょろと辺りを忙しなく見回している……まるで、借金取りに追いかけられでもしているかのように、そわそわといかにも挙動不審だ。
「爺さん、そんなに怖いんだったら出歩かなきゃいいのによう」
ジャックがその姿に、茶色の眉を「へ」の字にして呆れた顔で呟く。
「まあ、あれだけいつも家に籠ってたら、たまには外に出たくもなるんじゃないの? それにほら、紙袋持ってるから、たぶん買い物に行ってたんだよ。さすがに一人暮らしで引き籠ったままじゃ、日々の生活もままならないだろうからね」
僕は遠目に老人を見つめたまま、友人の言葉にそう答える。
その老人の名はウラシマウ氏という。僕の家の近所に住んでいる偏屈な爺さんだ。
話によると、なんでもポーランドからの移民とのことであるが、このロンドン郊外にある小さな町にやって来てから既に20年以上経つらしく、最早、“移民”という雰囲気はどこにも残っていない。
よくよく見てみなければ、見た目や言葉遣いなどもネイティブな英国人と変わりないように思える。歳は確か今年で80近くになるとか言ってただろうか?
ただ、この爺さん。一つだけ故郷にいる頃よりずっと変わっていないことがあった。
それは……
“吸血鬼は実在する”
と頑なに信じていることだ。
しかも、自分もそのヴァンパイアに狙われているのだと疑ってやまず、常にああして身の周りを警戒しているのだ。
さらに困ったことには、どうやらそのヴァンパイアは僕ら近所に住む者達の中に混じっていて、いつもは普通の人間に擬態して暮らしているものと本気で考えているらしい……
なんと迷惑な……。
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