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「はっ、はっ……!」
焼ける雑木林の中、まだ若さの残る男は息を切らしながら必死に走っていた。その唇を血がにじむほどに噛み締め、だがその目には納得の出来ない程の怒りが込められている。
「くそ、くそくそくそっ! なんだんだよあいつ!」
たった一時間も経過しない先程、男はこの世界に呼ばれた。
その過程で男は既に事情のほとんどを把握しており、同時に自分がこの世界はで崇められるべき存在の中でも特に優れた力を持つことを知っていた。すなわち自分はこの世界で最強の一角とも呼べる存在、国々が自分の力と助力を求めて自分が望む全てを差し出すであろうことも知っていた。
富、食事、住居、そして女に至るまで万物が自分のものと言っても過言ではない。
これからの自分の世界に心を躍らせていた矢先に、この有様では無理もないだろう。
「俺は、俺は神の力を手に入れているんだろ!? まだ、俺に敵うはずの唯一の存在はこの世界に来ていないはずだ! それがなんでこんな……!」
ボロボロになりながらも走りながら男は燃え盛る炎の色が映った夜の空に向かってそう叫んだ。空に輝く三日月までもが赤く染まり、その景色はまるでこの世のものとは思えない程におぞましい。
男は世界での自分はお世辞にも裕福とは言えなかった。それ故にこれからには一層の期待もあり、これが前世の反動なのだろうと自分なりに解釈した。
「よく逃げるな、お前」
「うおわっ!?」
返答の代わりに来たのは、いかにも感情の篭ってない声と金色の炎の塊。
それは地面に激突すると男も含めた辺り一面の物を吹き飛ばすような強烈な爆風を引き起こした。
「ぐ、う……」
直撃こそ免れたものの、至近距離の爆風に煽られて吹き飛ばされた男は全身血だらけになって開けた場所の雑草の上に仰向けに倒れていた。
「お、お前誰だ!? なんで俺の力でビクともしない!? なんで、なんで俺を狙う!?」
辛うじて首を持ち上げると、男はあらん限りの声でこちらに向かってくるもう一つの影に向かってそう叫んだ。
左右の樹が燃え盛る中、それはゆっくりと男に向かって近付いていた。
「それが運命(さだめ)だからに決まってるだろ、じゃあな」
何を当然な。
そう言いたそうな声の主は、今一度男に向かって炎を放った。
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