香りの正体

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カツン、カツンと、彼女のヒールの音が近づく。夕陽はもう落ちていて、空の端に淡いオレンジを残すだけだった。最後に「さよなら、また明日」と言って、柔らかな風と入れ替わったようだ。ふわりと鼻先をくすぐる香りと、彼女が目の前を通り過ぎるのは同時だった。花のような、優しい香り。ハッとして嶋田が後藤を見ると、彼は彼女を見たまま固まっている。 「この香りだ……彼女だ……」 「えー!先輩!だって、いや、想像してた人と違いすぎるんですが!!」 黒髪、黒ワンピースの専門職はどこへ行った。突っ込みたいが、颯爽と歩いていく彼女と後藤を交互に見るのに忙しく、それどころではない。もう沈んでしまったのに、後藤の顔は夕陽に照らされたように染まっている。彼女が目の前にいたのは5秒前で、今はもう後ろ姿を追うだけになってしまっている。 嶋田が、先輩、彼女行っちゃいますよ、と口を開いたと同時に後藤が駆け出す。その時に巻き起こった風が彼女と後藤の残り香を混ぜたようで、甘ったるいような煙たいような、けれど爽やかな香りが嶋田の鼻を通る。 「うーん、甘酸っぱいなぁ」 これが恋の香りとでもいうのだろうか、そう思いに耽る暇もなく、走る後藤が何かに気づいたようで、立ち止まり嶋田の方を振り返り彼を呼ぶ。え?と聞き返すが、大分遠く聞き取れない。後藤の手には嶋田のメッセンジャーバッグが持たれており、片手で「すまん」と合図するとそれを思いっきり嶋田の方にぶん投げてきた。 「うわぁーーーー!ちょ!俺のバッグ!!」 薄青の空に嶋田のバッグが溶け込んだ。必死の思いで走り、滑り込みセーフでキャッチできたのは、テニス部と野球部の経験のおかげで、そして、なんだ自分もまだまだいけるんじゃないか、と、嶋田を喜ばせた。 「俺なら……好きです、付き合ってください。かな。王道すぎるか、でもそんなもんだよなぁ、告白ってもんは」
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