定時退社

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行きつけの定食屋から香る鯖味噌定食の匂いが嶋田の鼻をくすぐった。腹も減ったし、せっかくの金曜ならば酒だって呑みたい。てっきりそういう誘いを頂戴できたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。 「先輩!後藤先輩!待ってくださいよ!」 さすが、神といわれるだけあって、通行人は後藤に気圧され道を譲るばかりだった。その中に彼に見惚れる女がいたのを視界の隅で嶋田は捉える。うんうん、分かる、格好いいもんな。と、確実に実らない一目惚れをした女に心の中で頷いた。 このまま真っ直ぐ進めば最寄の駅。左に曲がれば商業施設、右に曲がれば落ち着いたカフェやセレクトショップが軒を連ねる通りに出る。その選択肢が与えられた十字路の真ん中に差し掛かった時、後藤がぴたりと足を止めた。それに習ってひたすら小走りだった嶋田も立ち止まると、思ったより息が上がっていた自分に気づいた。そういえば、外回りが最近しんどくなったように思う。運動不足か。ちらりと後藤を伺えば、彼は整った顔で整った呼吸をしている。加えて、宛ら後光のような夕陽に照らされている。くそぅ、やっぱり格好良いぜ、後藤先輩は。
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