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「わかりました、わかりましたから!」
生き残った右手で後藤に降参の合図を送るとようやく解放された。掴まれていた嶋田の腕はドクンドクンと脈を打ち生き返る。それで?どの人なんですか?乱れた髪を撫で付けてオールバックにした後、ため息まじりに尋ねた嶋田からは、普段の彼とは違い、妙な色気が放たれている。そんな彼に見惚れる女性がいたのを、後藤は視界の隅で確認した。そうなんだよ、こいつはなんていうか、なんか惹きつけるもんがあるんだよな。君は男を見る目がある。頑張るんだぞ、そこのお嬢さん!うんうん、と後藤は頷き、心の中でエールを送った。
「先輩、頷かれても分かりませんよ」
「っと!いや、すまない。そうだよな。どの人なんだろうな……その…香りなんだ」
「かおりさん?っていうんですか?なんだ、名前知ってるんじゃないですか」
「いや、違うんだ、名前じゃなくて、香り、匂いだ。分かっているのは彼女の香りだけ。頼む嶋田!探すの手伝ってくれないか」
憧れの先輩から手を合わせて拝まれる。優越感なんてものは芽生えない。やめてくれ。俺の格好良い先輩になんてことさせるんだその香りは。許せん、絶対に見つけてやる。そんな怒りのような感情がフツフツと湧き上がる。もう本当に意味がわからないが、つまりこういうことだろ?
女は耳で恋に落ち、男は目で恋をする。そして先輩は鼻で恋を見つける。
格好良い、鼻で恋をするなんて、ぶっ飛びすぎて最早格好良いではないか。嶋田は無理やり自分を納得させ、合わせられた後藤の手を挟むように、熱く手を重ねた。
「分かりました!正直本当に意味がわかりませんが、一緒に探させてください!見つけましょう!その香りさんを」
「嶋田……ありがとう」
先輩!嶋田!先輩!嶋田!と、お互いを呼び合うさまが夕日に照らされ、影が伸びる。2人の鼻の穴はいつもより広がり、準備万端だった。
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