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「おい店主」
呼ばれて振り返る。手入れしていた抜き身の剣が、カウンターに結構な勢いでぶつかった。いかん、刃がかけてしまったか。そう思って慌てて剣を明かりに翳してみるが傷はなかった。まあこの程度でダメになってしまう剣など剣と呼べないのだが、値段が値段なだけに神経質になるのである。
「おいて!」
「あ、はい」
剣を鞘に収めて壁掛けに戻し、声の主である男の客の方へ向かう。身なりはそれなりで、体格も良いが、うちの店に来ている時点で大した身の上ではなかろう。見掛け倒しってやつだわね。
「なんでございましょ」
「これは……なんだ」
男は薬指であごをかきながら、怪訝な顔で売り物の一つを指さす。どうやら文句があるらしいが、文句をつけるなら買ってその性能を確かめてからにしてもらいたい。売り物の殆どがなまくら同然であることに違いはないが。
「あー、これは…木刀と言いましてですねぇ」
「そんなことは分かってる。お前の店はなんだ。紙1枚斬れないような物を武器として売るのか」
練習用に使えばいいだろハゲ。
「あー、そうですねえ。これは、ええ、確かに何も斬れないんですけど。お得意さんが卸してくれてる品でして」
「ふん。だったらこんなもの、他の刀剣とは分けて置いておけ。目障りなのだ」
安売りコーナーに10分以上居座ってるくせに、こいつはなんとふてぶてしいハゲだろう。
「ハゲハゲ」
「ああっ!!?!?」
「いや間違えました。気にしないで。はいはい」
ちょっとばかし軽口を叩いてから、件の木刀の5、6本を腕に抱えて店の奥に戻る。ごめんなモックさん。あんたの木刀、とうとうレジ横の百円キーホールダーと同じコーナーに並んじゃうよ。
カツン
「…っと」
知らない間に、徐々に滑り落ちて飛び出ていたのだろう。木刀の1本が、先ほどと同じようにカウンターとぶつかり、乾いた音を立てる。このご時世、言ってしまえばおもちゃ同然の品物だが、一応は売り物である。もっと丁寧に扱わねば。
そこで気づく。カウンターの側面に、横一線の刀傷が刻まれていることに。
あぁ、さっき剣をぶつけた時にできたのか。やれやれ、あとで見た目だけでも修繕しておこう。
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