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真人の腹の辺りで軽く組まれた大きな手にほっそりとした手を重ねて、真人は甘えるように逞しい胸に背中を預けた。
「夜は『星を数えるひと』になるな」
珍しく自分からそんなことを言い出した鷹田をそっと見上げ、真人はうん、と言って小さく微笑んだ。
『星を数えるひと』とは、真人が描いた絵本のタイトルだ。大学在学中から真人は花人というペンネームで独自の創作活動を行っており、老舗の出版社のコンテストに出した絵本が大賞を取ったのを機に、本格的に絵本作家として歩き出した。
それも「大人の絵本」と呼ばれるもので、ハートフルなものから寓話的なものまで内容は様々だが、共通しているのは、その多くが明確なラストを持たず、結論を読者に委ねているという点だ。読者一人ひとりの解釈によって物語は完成する。そこが「大人の絵本」と呼ばれる所以だった。
啓蒙書のような押し付けがましさも、哲学書のような難しい理屈もない。だがハッとするような心の動きを誘うストーリー展開はじわじわと話題になり、どの作品も絵本としては異例の発行部数を誇っていた。
著者近影の端整で優しげな姿に惹かれるファンも多いらしい。
また、真人の甘い声に目を付けた編集部が試しにと真人を説き伏せ、朗読CDを売り出してみたところ、これが大いに支持され、今では朗読会も開催するほどの人気ぶりだった。
鷹田も真人の書く物語を存外気に入ってくれているらしく、なかでも『星を数えるひと』はお気に入りだと言って絵本のみならず、CDまで買ってくれたらしい。
だから真人は二人きりの時間をくれると言った鷹田と過ごすため、この旅館を選んだのだ。
「最後の想い出」にするために――。
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