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とんとん、と優希(ゆうき)は人差し指で自分の顎を軽く二度つついた。
目の前には、要人(かねと)。彼は優希のジェスチャーに照れくさそうな顔をした後、顎をざらりと撫でた。
顎には、もう人目にも解かるようになってきた髭が。
朝から鏡を見ないような、無精な男ではなかったはずだけど?
「おかしいかな」
「おかしいと言えばおかしいし、解かると言えば解かる」
二人並んで歩道を歩く。幼い頃からもう何年も変わらない、二人の日常を歩く。
「伸ばすのか、髭」
二人の通う高校の校則では、髭を伸ばす事は違反ではない。教室には少なくとも5名程度は髭を整えている男子がいる。
「うん。似合うかな、変じゃないかな?」
それは伸ばしてみないと解からないな、と優希は笑った。しかしまた、なぜ。
「イメチェンか? それとも、早く大人として周囲に扱ってほしいのかな」
「両方さ」
そう言う要人の眉尻は下がり、情けない表情になってしまっている。
(来た)
優希は、ピンときた。こんな顔の要人を見るのは、これが初めてじゃない。そして、その後に続く言葉も知っている。
「ちょっと付き合ってくれないか、優希」
軽いため息を同意の返事の代わり に し、優希は要人と連れ立っていつもの場所に立ち寄った。 子どもの頃は薬局だったその土地は、今では小洒落たカフェが入っている。ベーグルが美味しいと評判の、チェーン店。
要人はここのベーコンエッグサンドが好物だったが、今日はブルーベリーを注文した。
「ブルーベリーは、眼に良いらしいんだ」
「お前は年を取ったら健康オタクになりそうだな」
そう言いながらも要人に付き合い、優希は甘い蜂蜜とクリームチーズのベーグルを注文した。
席につき、しばらくもそもそと無言で口を動かしていた要人だったが、唐突に優希の瞳を覗き込みながらぼそりと呟いた。
「俺、何か性格に欠点があるのかな」
本人は、極めて深刻に悩んでいるのだろうが、優希はその言葉に軽く噴き出した。
「また、別れたんだな。女の子と」
容姿端麗、頭脳明晰、そして明るい人柄と、彼に憧れる少女はごまんといる事を優希は知っている。そして、そんな彼に勇気を出して、本気で交際を求めてきた少女が、これまで何人いたかも知っている。
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