第二章・息

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第二章・息

 ぱちり、と眼が開いた。  いい目覚めだ。  眼を開くと同時に、意識もクリアに澄みきっている。枕元の目覚まし時計の時刻は、アラームが鳴るより30分も早い。  けれど要人はベッドサイドのスイッチを操作し、天窓のブラインドを開けた。朝の光が、体いっぱいに注がれる。  その中で、両腕を光に向かってぐいと突き出した。何度かこぶしを、閉じたり開いたり。  そして、こみ上げてくる笑顔をほころばせた。  昨日カフェで起きた、この一年で一番素敵な出来事を思い出し反芻する。  優希が、この手に触れてくれた。  友達を越えた絆で結ばれたいと、告白した。いわゆる、恋人になって欲しい、と。  彼の前に両手を差し出し、『もしOKなら、この手に触れて』と思いきって言ってみた。そして、優希の手はこの手のひらの上に重ねられた。  微笑みが、満面の笑みに変わってゆく。  とても、寝てなんかいられない!  要人は寝具を蹴飛ばし、勢いよく跳ね起きた。  熱いシャワーを浴び、キッチンで軽食を作る。寮の食堂へ行く時間は充分あったが、今朝は自分の好きなものを、自分の手で作って食べたかった。  大勢の人に揉まれるのも、嫌だ。優希に会う前に。  昨日とは違う、俺と優希の関係。  見るものが、聞こえるものが、触れるものが、すべて新鮮だった。  世の中、こんなにたくさんの喜びに満ちていたのか。  レタスの青に驚き、卵の爆ぜる音に感動し、パンの柔らかさに息を呑む。全てが、昨日とは違う彩り。  世界がまるごと生まれ変わったかのよう。  昨日と同じ制服に袖を通しながらも、やはり湧き上がる胸の高鳴りにウキウキしながら、要人は外へと飛び出した。  いつもよりずいぶん早く、優希との待ち合わせ場所に着いた。学校の教室や生徒会室、講堂へ、毎日二人揃って出かけていた。こんなに幼いうちから、ずっと一緒だ。  でも、今日からその見る風景が変わる。同じ場所でも、持つ意味が変わる。俺と優希は、恋人同士になったんだから!  いつもと同じ場所へ、いつもと同じ時刻に、優希は現れた。いつもと同じ笑顔で。 「おはよう、要人」 「おはよう」  優希の笑顔、少しぎこちないかな、と注意を配る。  彼も、俺と同じように今日の朝を特別に迎えてくれたんだろうか。世界の色彩は、昨日よりずっと鮮やかに見えるのだろうか。
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