アガスティア

13/54
前へ
/54ページ
次へ
 2人の男女は職員室の中に入ってくると、電気も点けずに会話をしていた。  聞き覚えのある声だった。男は英語の教師の泉で、女は国語の鈴木だ。  2人とも既婚者のはずなのに体を寄せ合い、時々「チュ」という音を唇から発していた。その都度、僕と周平は顔を見合わせた。  周平のスマホから通知音が鳴り響いたのは、3度目の「チュ」の後だった。 「なんだ? 誰か携帯忘れたのか?」泉は鈴木の腰に回していた腕を解くと、僕たちのいる場所に急接近してきた。万事休すだ。 「すみません」と言いながら、突如周平は立ち上がった。  泉は目を見開きオーバーリアクションで仰け反っていた。鈴木は乱れた着衣を慌てて元に戻していた。僕は机の下で置き物のように固まり、成り行きをただ見守るしかなかった。 「こ、こんなところで、なにをしている!」泉は声を荒げた。 「ちょっと、探しものがあって・・・・・・」 「職員室で?」 「はい・・・・・・正直に打ち明けます。生徒の名簿が見たかったんです。見せていただけませんか?」 「何を言ってるのか、分かってるのか?」泉の声は震えていた。 「すみません。無理を承知でお願いしているんです」周平の右手にはスマホが握られていた。 「できるわけないだろ!」 「交換条件でいきましょうよ」 「交換条件?」
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加