アガスティア

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「むしろ読まなきゃ良かったよ。あれのせいで煩悩に苦しめられている」僕は頭を抱える仕草をしていた。 「そうかい、そうかい。せいぜい勉強して良い大学に入って、一流企業に就職すればいい。でもその時に近づいてくる女は、お前の肩書に吸い寄せられているだけだぞ。純粋にお前のことに好きでいてくれているのは10代までだ」 「じゃあなんで10代で結婚する夫婦の離婚率がやたら高いんだよ。恋愛が語学と一緒と言うなら、10代で恋人を取っ替え引っ替えしてる連中は、取っ替え引っ替えするスキルを身に着けてしまったということか。それなら納得だ」  僕は熱くなっていた。  同級生に人生論を諭されるくらい腹立つ事はない。童貞を失くした途端に童貞を馬鹿にする男くらい、薄っぺらな存在はないのと一緒だ。  周平は男気があるが、時々親戚のおっさんみたいになってしまう所がある。久しぶりに会えば「お? 太ったな?」が挨拶代わりで、「彼女できたのか?」と小指を立てながら近づいてくるあの軽薄なおっさんは、親戚になぜか必ず1人はいる。  授業が終わった時、クラスメイトが次々と退室していく中、僕と周平は椅子に座ったまま木下を目で追っていた。  木下が秘密にしている過去を、僕たち2人は共有している。他の男子には一切言わないという約束を付加させて。
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