アガスティア

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「ほら悠介、早く食べなさい。学校に遅れるわよ」母は飽きもせずに、毎日同じ言葉を僕に浴びせてくる。それを言わなければ朝が始まらないかのように。 「うん・・・・・・」僕もいつも通り、短い言葉を返すだけである。  父は新聞を食い入るように見つめながら朝食を口に運んでいた。大学生の姉はまだ起きてこない。それだけでも大学に入る価値がありそうだ。 「この前の模試の結果はどうだったの?」母はコップに牛乳を注ぎながら訊いてきた。 「朝からいきなり、成績の話をしないといけないの?」僕は面倒臭い顔をしながら、バターの染み込んだトーストを睨みつけ、八つ当たりするように頬張った。 「朝しか話をする時間がないでしょ。夜はみんなバラバラに夕食を食べるし」母はテーブルに肘をついて、行儀悪く食べる癖がある。共働きであるため、顔はすでにメイク済みだ。 「・・・・・・志望校はギリギリのラインだよ」 「そう・・・・・・」母は急に暗い顔になってしまった。 「受かればいいでしょ別に。ギリギリで受かるほうがむしろ、余計なことを詰め込まず、効率的に勉強をしているということだよ。学校生活をエンジョイしながらね」 「その通りだ」突然父が口を開いた。 「ちょっと・・・・・・なに同意してんのよ」母はムッとした顔で父を睨みつけた。 「俺は会社に入って分かったことが1つだけある。真面目な奴ほど何も生み出さないということだ。楽しようとする奴ほど、便利で面白いものを開発する」 「じゃあ、あなたは相当便利なものを開発していないとおかしいわね」  父はなにも言い返さずに新聞を読んでいた。きっと内容は何も頭に入っていないだろう。性格が正反対であるこの2人がなぜ結婚したのか、僕にとってそれは解けない謎だ。母は順調にキャリアを積み上げ大手化粧品会社で部長になり、父は中小企業の係長。差は開くばかりである。 「ごちそうさま」僕は朝食と二人のやり取りに別れを告げて席を離れた。
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