アガスティア

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 歴史の授業が始ったが、僕は机の下でスマホをいじっていた。  周平の言葉に偽りはなく、確かにゴーグル・アガスティアというサービスは数週間前から始まっていた。  ネットは大騒ぎだった。  炎上なんてチャチなものではなく、爆発と表現した方がしっくりくる。社会の変化は徐々にではなく突然やってくるものであることを認識させられた。  関連するサイトが立ち上げられ、学校の授業なんかよりも、白熱の議論が繰り広げられている。さっそく反対派の人が訴訟を起こす運動を始めていた。  ゴーグル社は強気だ。  政府のように簡単に圧力に屈することはなく、近日中に新機能を発表すると告知しているくらいだった。  僕は自分の小説を探し出すために個人情報の登録を始めたが、すぐにつまずいてしまった。親の生年月日が分からないことには、やはり先へは進めないようになっているからだ。  こんなところで家族の絆が問われるとは思いもしなかった。我が家は、母の日や父の日はもちろん、互いの誕生日を祝うことさえしない家庭である。照れ屋の集合体だ。しかし夫婦ともにシャイなんてことは本来ありえない。シャイな男女は一生出会うことはないはずなのだから。
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