拷問の場

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私は、体育祭が嫌いだった。 運動音痴の私にとって、体育祭は私の運動神経のなさを露骨なまで、残酷なまでに痛感させられる場でしかなかったからだ。 特に嫌いだったのが「徒競走」や「持久走」。 短距離も長距離もビリだったからだ。 中学二年生の秋、台風が来るわけでもなく、憎らしいくらいの秋晴れ。 また「拷問の場」が訪れた。 最も私が嫌な種目、「持久走」。 私が走る組には幸いなことに私より遅い同級生がいた。 これでビリ2確定。 でも拷問の場であることには変わらない。 体育教師の号砲が轟く。 「拷問の場」始まり、始まり、だ。 私よりはるかに速いペースでトラックを駆け抜ける同級生の後塵を拝む。 既にゴールしている同級生もいる。 私を運動音痴に産んでしまった親を怨む。 嫌々走る私に「唯一の声援」が飛んできた。 「えいちゃん、ガンバレ!」 いったい誰の声だろう? 絶対に母親の声ではない。 母親は私のことを「えいちゃん」なんて呼ぶわけがない。 それ以前に母親は仕事中だ。 この場にいるわけがない。 それに私のことを「えいちゃん」と呼ぶ同級生の女子はいなかったはずだ。 運動音痴に加えて彼女もいなかった私。 「唯一の声援」を力に変え、歯を食いしばって何とかゴールする。 とりあえずビリ2だった。 モテない私は「唯一の声援」の声の主が誰なのか。 声の主が私に、「告白」をするのではないか。 女子に対する免疫はゼロに等しかった私。 「えいちゃん、好きだよ。」 なんて告白された日には即OKを出すつもりだった。 初めてのデートはどこにしよう? 手堅く「遊園地」か「映画」。 ちょっとひねって「博物館」か「美術館」。 手をつなぐのは何回目のデートでOKなのか。 それとファーストキスは何回目のデートで、どのタイミングで行けばいいのか。 淡い期待と妄想が募りまくる。 しかし現実は残酷だ。 時間だけが過ぎ去る。 期待と妄想は徐々に「焦り」、そして「諦め」に変わる。 結局、私が望む展開は一切訪れなかった。 中学校を卒業し、ずいぶんと年月が経った。 未だに運動音痴の私に「唯一の声援」を送ってくれた声の主はわからないままだ。 ひょっとしたらあの「唯一の声援」は私が生み出した妄想そのものだったのかもしれない。
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