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「よろしい。お母さんは今、あなたのセーターを編んでいるのよ、ほら。あら! ないわ! 今編んでいたセーターがない!」
竹田さんの表情が険しくなり、こめかみに血管が浮き出て、わなわなと震え出す。
「ない! ない!」
ぼくはほかのスタッフに目で合図をして、急いで竹田さんの部屋に行って、かぎ針と糸玉のついた編みかけの束みたいなのを取ってくる。その間、ほかのスタッフが竹田さんの背中をなでている。ぼくは走って来て息が上がったまま竹田さんのこわばった指を開いて、部屋から持ってきた針の刺してある青色の糸のかたまりを持たせる。
「あるよ、ちゃんとここに」
「あら、そうね。そう、これよ、ゆうちゃんのセーター。あなたに編んであげているのよ」
「どんなのできるか楽しみだな」
「そうでしょう? お母さん、がんばって編むわ。これを着て学校に行けばいいわね。この青、ゆうちゃんの好きな色でしょう?」
「そうだね」
それから竹田さんは言葉を忘れてしまったように無言になって、黙々と毛糸を編み続ける。
うちの施設に来て二年が経つうちに、竹田さんはFMチャンネルの割合がどんどん多くなって、今はAMラジオがほとんどなくなっている。
ぼくは席を離れて他の仕事を片付ける。
竹田さんがいるフロアは広い多目的室で、いわばこの施設のリビング。体調の良い利用者さんは、ここにいることが多い。
大きな窓が三つと、長テーブルが六つと、ソファと丸椅子が二つあって、竹田さんはそのうちの長テーブルに座って編み物をしている。
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