第6章

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第6章

     うちの施設には広い庭園があって、プチ林みたいに連立する木々が生えていて、芝生の連なりがいくつかの丘になっていたり、池があったり、小路があったり、花壇があったり、利用者さんの散歩にはなかなかいい。      その日は竹田さんの気分が良くて、ぼくたちは二人で散歩していた。 初秋のわりとあたたかい日だった。        竹田さんはちゃんとした人だから、男性は女性をエスコートするのをよしとしていて、ぼくは竹田さんの手を下からそっと持ち上げて、背中に手を添えて一緒に歩く。妙に二人とも姿勢が良くて、社交ダンスをやっているみたいにそろり、そろりと歩くから笑える。      竹田さんは昔、小学校の理科の先生だったから、小路や花壇で一歩、一歩立ち止まっては、これは何と言う花で、何と言う植物かを説明してくれる。感情はあまりなくて、ただうわ言のように、次々と名前をつぶやく。ぼくに言っているのではないかもしれないけど。        ぼくはぼくで、庭に出て竹田さんと道を歩くたびに、年がら年中色んな植物や花の名前を聞いているように思うけど、どれも覚えられなくてあっという間に流れて行ってしまう。        小学生の時もそうだった。いまだに、そのへんの頭は発達していないんだよな。記憶力が悪いのかしら。それなのに、その日が妙に印象に残っているのは、竹田さんが植物じゃない言葉をつぶやいたからだと思う。
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