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ふと気づけば、どこからか流れてくる音律。その場には、色と音とぼくしかない。おねえちゃんがピアノで弾いていたあの曲。ベートーベンの月光の曲。ムーンライトソナタが聴こえる。やめて! 弾かないで! だって、それを弾けば太陽が落ちる。太陽が終わる。闇が始まる。
ぼくには、次に続く出来事の一部始終がわかる。
サワサワサワサワ・・・・・。
風の音にあいまって、遠くから何かのモーター音が聞こえる。ウヮンウヮンウヮンウヮンワァンワァンワァンワァン・・・・・。近づいてくる、音が大きくなっている、もうすぐだ、もうすぐぼくの頭の上に、ああ、ほら。
見れば、空を覆うくらいデカくて真っ黒な何かが、ぼくの視界を作る光を飲み込んで、ぼくもろとも押しつぶそうという勢いで、ぶきみに小刻みに振動しながら頭上にいる。
ああ、来た。
来てしまった。
体中のすべての液体が下にズンと下がり、ぼくは動けなくなる。夕焼けが終わるのを止められないように、それはぼくなんかにはどうすることもできない圧倒的なもので、有無を言わせずやって来てしまう恐ろしい異星の物体だった。
もう視界は阻まれ、見えない夕陽が傾く。夜になったら大変だ。ぼくは夢の中でそう思う。沈んでほしくないと願うのに、絶対に叶えられない。
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