第2章

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       そう、学校の実習では、色んなことやったんだ。耳が遠い感覚をつかむために、耳栓をして授業を受けるとか、半身不随の人の体を感じるために、片方の腕におもりを巻いて歩くとか、目が見えない人の体験をするために、目隠しをして飯を食うとか。        でも、今そうじゃない自分と、今そうである人との感覚的なちがいを、ぼくは結局わからなかった。授業が終わるとすぐに元に戻ってしまう体。そんなちゃちな経験じゃ、仕事場で会う本物には全然太刀打ちできない。だって感情とか、体とか、もっと人間の原点みたいなところの話なんだぜ。現実はものすごい迫力なんだぜ。考えるヒマも、思い出すヒマもなく、いきなり来るんだぜ。人間のありのままの姿がドカーンと。        どう理屈をこねくり回しても、人は不自由の中で四苦八苦して、怒るし、泣くし、暴れるし、笑うんだから。それは働くぼくらも同じで、やっぱり不自由さの中で四苦八苦して、怒るし、泣くし、笑うし、要するにどっちがどっちの立場かはしまいには関係なくなって、体と頭と心のせめぎあい、人間同士の組み合いになる。        知識をいっぱい知っているよりも、めげない、考えない、明るい、元気、飯をよく食う、そんなヤツの方が、この仕事ではよっぽど役に立つ。        学校に行ったわりにはたいして蓄えられたものもなく、おまけに人間としてのタフさも、男としてのタフさも持っていない中途半端なぼくは、結果的にうだつの上がらない感じで、ヘロンヘロンと紙のように薄っぺらく漂いながらここにいる。漂いながら、苦労している。ボーダーラインがあいまいになりがちな仕事だから。        家族みたいにはぶつかり合えないまま、仕事とも割り切れずに、互いに鬱憤やイライラや怒りを自分の事情で溜めながら、色んな傷や痛みは取り去れないまま、それでも時々笑って、時々猛烈に腹が立って、時々じんわりして、時々立ち上がれないくらい疲れて、時々よかったと思って、そうやって毎日過ごしてる。それはそれで、なかなかハードだ。ハードだけど、普通。誰もがやってる、普通の生活。
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