2.恋する乙女は観光タワー

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 たしか入学時に、職員室に入るときは「失礼します」をきちんと言うこと、と教わった気がする。シローがどぎまぎそんなことを思っているうちに、リンはとっとと挨拶を済ませ職員室に踏み入っていた。あわててシローもそれに続く。  高校に入ってもう丸一年は過ぎているが、個人的に職員室を訪ねるなんて初めてのことだ。無難に学校生活を過ごしている帰宅部員としては普通だろうとシローは思うが、まさか一人で職員室に行くのが心細いなどとは口が裂けても言えない。  そんなシローの心中などおかまいなしに、リンはどんどん前に進んでいく。その足取りからはこの場所に通い詰めるベテランの匂いがした。  高澤謙太郎は見るからにおっとりとしたアザラシみたいな顔の国語教師で、今日も寝癖で後ろ髪が跳ねていた。リンいわく、それがとてつもなくかわいいんだそうだが、それは未だによくわからない。 「やあ長友さん、今日も何か質問かな?」  高澤の微笑みに対して、リンはなんとなくいつもより上擦った声でそうではないと答えた。なんだか背中が不自然なくらいピンと伸びている。頭のてっぺんにあるおだんごとあわせて見ると、その後ろ姿はまるでどこかの観光タワーみたいだ。  これがリンの「恋する乙女」の姿なのだ。シローはしみじみと目を細くして、耳をじんわり赤くしているリンの背中を見守った。     
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