3.二十一時の霹靂

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 シローは矢継ぎ早に言葉を続けようとしたが、背後で店のドアベルが響いた。  新しい客の来店だ。いらっしゃいませ、とシローは上ずった声で咄嗟に応える。ちらりとたつみをうかがい見ると、たつみは仕方なさそうに笑って答えた。  シローは小さく頭を下げ、急いで客の方へ駆け寄る。家族客だった。 「四名様ですね、奥のソファー席をご利用ください。すぐに御冷お持ちします」  対応をしながら視界の端でたつみの方を見ると、たつみは普段通りの様子で大盛りの飯碗を手に生姜焼きをつつき始めている。  こうして離れて見ると、まるで名前も知らないただの常連客のようだ。シローを拒絶するような壁も何も感じない。  シローは家族客を迎え入れると配膳台の方へ戻り、それ以上余計にたつみの傍へ行くことはしなかった。家族客はわいわいと食事を始めている。  シローは持っていた盆を元の位置に戻すと、カウンターの内側で店内を見守った。  そして結局、たつみが会計を済ませて店を出るまで、シローはたつみに声をかけることが出来なかった。先ほど言おうとしていた言葉が、冷えて固まり、胃の中で石のように転がって痛んだ。     
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