4.息を吸って吐く時間

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 やはりその顔に別段違和感は覚えない。ゲイだと知らされたことも、それを謝られたことも、シローに対し壁をつくってくるような感覚も、本当に現実だったのかと疑わしくなるくらい、ずいぶん遠く感じられた。  たつみはたつみのまま、駅のホームでたまたま知り合ったあのときと何も変わらない。  よかった、とシローは思う。普通に話せることに心底ほっとした。 「ニイドメくんってシローってんだね。どんな字書くの?」 「え、あ、えと、新しいにボタンを留めるのとめる、シローはこころざしと太郎のろうです」 「新留志郎」 「はい」  へえなるほど、とたつみはふんふん頷いている。シローもたつみの横の壁に背を預け、ぼんやりと玄関ホールを眺めた。左右に伸びる廊下と階段、さらに中庭と玄関とをつなぐこの玄関ホールは、広々としていてどの時間帯でも明るい。中央にこの学校に関係のあるらしい古い武者甲冑が展示されているのが一種の名物だった。 「新留って呼びにくかったら、別に下の名前でいいですよ。俺もそっちの方が慣れてますし」  ふと思いついてシローが言うと、たつみが口元を手で抑えて笑った。 「今そうしていいか聞こうと思ってたとこ。あだ名とかは?」 「ちっさいころは色々あった気がしますけど、今は特にないです。陣さんは?」 「おれもないよ。たつみ、って皆呼ぶ」 「たつみさん」 「そうそう」     
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