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2.恋する乙女は観光タワー
それからしばらく、シローはたつみと言葉を交わした。
と言っても、くるくる表情を変えながら楽しそうに話したり質問を投げかけてくるたつみに、時たまシローが答えたり、相槌を打ったり、短い質問を投げ返したりしたくらいのものだ。会話、というには少しバランスが悪かったかもしれない。
しかし電車は順調に走り、近くに大きな美術大学があることで知られた駅に着いた。
出し忘れたレポートを朝一で出せって言われてんだ、とたつみは笑いながら寄りかかっていたドアから背を離す。どうやらここで降りるらしかった。
「じゃ、さっきのこと頼むね。またお店で」
たつみはひらひらと指の長い手を振って降りていく。思わず手を振り返していたのに気付いたのはドアが閉まり始めてからで、電車に残ったシローはすごすごとその手を下ろした。
電車が走り出し、降りていったたつみの背中が景色と共に横に滑っていく。
陣たつみはシローよりも四つ年上で、一人暮らしの大学生らしい。乗った駅が最寄りだと言っていたので、シローと家も近いようだ。きちんと聞いたわけではないが、今の駅で降りたということはあの大学の美大生なのかもしれない。
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