貝殻から聞こえる

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「ん…はぁ…っ」 「にわ…っ…んう…」 「口あけて…深谷」 「ぁ…ん…んんぅ」 「ハァ…ふ…」  深谷の舌は熱かった。  肉厚で、女のそれとはやはり違った。  唾液を分け合うことにも嫌悪感はなく、ただ深谷だと思えばそれだけで夢中になれた。  触れて、こんなにも求めていたのだと改めて思い知った。  なんで三年間も離れていられたのか、不思議なほどに。  俺は深谷を欲した。 「丹…羽! もう…っ」  先に根をあげたのは深谷だった。 「息が…!」 「…なんだよ」 「死ぬ…って」 「このくらいで…」 「おまえのバカみたいな肺活量と一緒にするな。俺を窒息死させる気か!」 「おまえも水泳部に入ったら?」 「そういう問題じゃないし、俺は大学でも野球を続けるよ」 「おまえいいスイマーになると思うんだけどなぁ」 「おまえこそいいバッターになれると思うのにもったいない」  俺たちは顔を見合わせて笑った。そうだ。俺たちは昔からなにもかもが一緒というわけではなかった。  でも、こんな風にお互いの違う面も楽しめる間柄だった。  俺はふと思いついて巻貝を握る深谷の手を持ち上げると、それを彼の耳にそっと当てた。  そして空いている反対側の耳に唇を寄せる。身長差はほとんどないので屈むこともなく楽だ。  俺は、目の前の小さな穴に短く言葉をふきこんだ。音を聞くためのその器官は、どこか巻貝に形が似ている。  体勢を元に戻して、深谷の顔を見た。  すごく困った顔をしていたので笑いそうになった。なんでそこで困るかな、こいつってばさ。  悪戯が成功した子供の気分で、確認する。 「聞こえたか?」 「…ああ、……聞こえた」  海の音と、そして――。 「好きだ」  まるで貝殻の囁きのような密やかな告白。 END     
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