貝殻から聞こえる《高校編》

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 深谷と深谷の彼女を街で見かけた。  ――それが決定打だった。  もう自分に嘘もつけないところまで来てしまったのだと、俺は自分にがっかりした。不毛だ。不毛すぎて泣けてくる。 (あーあ、俺も彼女作ろっかな…)  誰でもいい。  今度告白してきた誰かと付き合おう。  俺はその日、心の中で最低な取り決めをした。  俺に「彼女」が出来たのは、そのたった三日後のことだった。  * * *  高校入学してすぐの四月、五月は新しい生活に夢中で、あっという間に通り過ぎた。  そして夏が来て、俺はやはり泳ぐことに夢中になった。  しかしこれは毎年恒例のことだから特に何かを感じることもなくただひたすら泳ぎまくって過ごした。  だから、何かがおかしいと違和感を覚えたのは秋も深まってからだった。  ――間抜けな俺は入学から半年も過ぎてから、ようやくそれに気付いた。  隣に深谷がいない。  そして、気付いた時にはもう完全に手遅れになっていた。 「へ? 彼女?」  深谷に彼女が出来た。……らしい。  俺はそれを深谷ではない他人から聞いた。  情報提供者はクラスメイトの誰かだったが、誰だったかは覚えていない。聞いた刹那、俺の脳みそが機能停止したからだ。  なんだかものすごいショックを受けたことだけは覚えている。  なにがショックだったかはわからないがとにかくその事実は俺に衝撃を与えた。  そして時間が経ち、正気に戻った俺の心に一番はじめに浮かんだ感情は、「水臭い」だった。  わざわざ口に出したことはなかったが、俺は深谷のことを親友だと思っていた。  半年間もろくすっぽ付き合いがなくてなにが親友かと思われるかもしれないが、俺も深谷も毎年夏が終わるまではそんなものだったのだ。  深谷は野球三昧。  俺は俺で水泳三昧。  オンシーズンが被るのでお互い忙しく過ごしているうちに秋になっていたりする。  お互いに真っ黒に日焼けして、よう久しぶり、なんて会話をして、そしてごく当たり前に遊ぶ計画を立てるのだ。  それが俺たちのあり方だった。
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