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「おまえも美人の彼女いんじゃん?」
「……知ってたのか」
「わりと有名だと思うけど」
深谷は気まずそうな顔をして何かを誤魔化すようにうっすらと笑う。
俺にはそれが照れているように見えた。
幸せでよござんしたね、と嫌みの一つでも言ってやりたくなる。
……でも、実際のところそんなことを言って痛すぎる腹を探られて困るのは俺自身なのでこの場から速やかに退散することを選択した。
アドベンチャーゲームはわりと得意なのだ。ここで無理に好感度をあげる必要は、――もうない。
彼女を褒める選択肢とか俺には難易度高いし、「うらやましい」なんて本音すぎてゲロを吐きそうだ。今なら腐った緑色の悪臭を放つ最悪なゲロを吐ける自信がある。
「あー、次、英単の小テストあっから行くわ」
「そっか、じゃな。ガンバレよ」
「おう」
なにげない一言(ひとこと)に、ふいに涙腺が壊れそうになった。
急いで席に戻って、英単語帳を広げる。
めくってもめくっても英単語は一つも頭の中に入ってこなかった。
泥だらけで頑張るおまえを知っていたから、おまえがくれるガンバレがなによりも心強かった。
俺も頑張ろうと思えた。
俺とおまえはチームメイトでも仲間でもライバルでもなかったけれど、一番近い友達だった。
ずっと、俺は、そう思っていたんだよ、――深谷。
廊下で久しぶりに深谷と話して、しばらく経った頃だった。その噂が俺の耳に届いたのは。
「え? 別れた? 深谷が?」
「らしいぜ」
「あーー、なんか別れる別れないで結構修羅場ったって話」
「教室で深谷がド派手にビンタされたってよ」
「マジか」
なにやってんだあいつ、と思わず顔を顰めた俺をよそに、部活仲間たちが「おっかねえー!」「女ってこえぇ!」「昼ドラみてえ」「殴られてもいいから俺も彼女欲しい!」と口々に囃したてる。
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