貝殻から聞こえる

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「丹羽、海に行こうぜ。リベンジしよう」  久しぶりに俺の家の玄関口に現れた友人は、世間よりも一足早い春休みをのんべんだらりと過ごしていた俺に向かい、やけに大人びた顔をしてそう言った――。 「いきなりすぎんだろーが。せめて前日に誘うなりなんなりしろよ」 「まぁまぁそう言うなって。今日唐突に思い立ったんだよ。カレンダーをチェックしたら大安吉日だったしさ。おまけに俺の今日のラッキーアイテムが自転車ときたら、もうこりゃ行くしかねーなって」 「……おまえそんな行き当たりばったりな性格だったっけ?」 「さぁどうだろ? 自分じゃ自分の性格とかあんまわかんねーしな」 「俺の認識ではおまえは『ご利用は計画的に』する男だった」 「ふはっ、キャッシングかよ!」  河川敷を、俺たちはくだらない話をしながら肩を並べてペダルを漕ぐ。  物置から久しぶりに引っぱりだした自転車が、ちゃんと動いてくれてよかった。  スプリングが軋んだ音をたてるのをネタにして笑い合った。  ――俺たちは自転車で海に向かっている。  三月の陽気はまだ少し肌寒いが、川面に反射する太陽の光は明るくきらめいて、空はところどころ刷毛ではいたような薄い雲が青空に白い帯を描いていた。  おおむね晴天といってよいだろう。サイクリング日和である。  隣でペダルを漕ぐ男は、深谷(ふかや)という名のそこそこ付き合いの長い同年の友人だ。  小、中、高と同じ学校に通い、中学くらいまでは俺にとって一番仲の良い相手だった。  高校に入学した頃を境に疎遠になっていたのだが、――一体どんな気まぐれをおこして春休みの朝っぱらからサイクリングになど誘いにきたのだろうか? よほど暇を持て余していたのか?  それが俺の知る深谷の行動とは食い違っていて、なんだかやたら気になった。  三年の間に、激しく性格が変わったとも思えない。  疎遠になっていたのは本当だが、学校で会えば挨拶や短い世間話くらいはしていた。  中学時代までのように何をやるにもどこへ遊びにいくにもべったり一緒ということがなくなっただけだ。
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